fool on the hill

夕 焼
昨夕 今度は軽めの夕立が時間をおいて二度来る
雨雲遠のき一段落 シャワーを浴びていそいそ晩酌準備

呑み始めたら外がやけに明るくなった
見れば空は一面黄金色 それからの展開が速い速い

刻一刻と変化する様は正に大スペクタクル
呑むのも忘れて見入ってしまった
軒 下
桜ってなんでうまく撮れないんだろ 遠景も近景も 特に色

最もこちら ド素人 携帯かまえてじゃ無理もない
一眼レフ買ったら撮れるってもん?

荷物は1グラムだって重いの持ちたくない
ましてあんなデカイもん メカ的興味はあるんだけどなぁ、、

先日の長野  軒先 まで伸びた枝の先 ちょっと色がいい感じ

やっぱバカチョンでいっか、、、
多 彩
関東はすでに新緑 柿の葉の萌葱色も美しい
裏の公園の七本の八重桜 今日は桜吹雪 地面は薄桃
ベランダ前の背丈ほどに伸びた木香薔薇 満開の薄黄

いつものように関越使い群馬に入り信越道へ
低い山々の何とも言えぬ彩り
山桜が点々と まさに春のもやもや

さすがに碓氷峠はモノトーン
雪を頂く堂々たる浅間山 振り向けば八ヶ岳

軽井沢あたりからレンギョウの濃黄
千曲川周辺は杏の花盛り 一面濃桃
長野はそろそろ葉桜
木蓮の濃紫 石楠花の薄桃 彩なすチューリップ

いやはや色ボケ寸前、、
遠く北アルプスは未だ白銀の威容
仄 々
Raymond Savignac 1907〜2002 仏
宣伝ポスターが主 愛らしく温かくユーモア溢れ
生涯600点以上の作品群

後輩 A.K.さんに数年前教えられた
それが今頃いきなりドツボ
ネット介して400点ほど画像収集

画面眺めるだけじゃ飽きたらず
しかしレプリカでさえおいそれと
仕方なくポストカード十数枚

一枚づつ額に入れ一人眺めてご満悦
長年飾った渡辺禎雄画伯ともしばしお別れ
大 空
はばたく鳥に見えます??

ある日のでした
残 像
決定的瞬間と言うほどのものではないけれど
ここ一番をカメラに収めようとした時 ふと違和感

何だかよく分からなくて何だろうと思っていたら

その瞬間見ているのは小さな液晶画面
たった一度の出来事を 広い視野と臨場感
網膜 脳裏に焼け付けなくて何とする

木を見て森を見ず すごく損した気分


これって結構 音の現場 にもあるよなぁ などと独り言
空中散歩館
画家 大成瓢吉 享年78歳 11/8 帰らぬ人となった

出会ったのは1987年新宿高層ビルの絵画教室
そこで斎藤徹にも初めて会う
それまでの音楽生活が一変した

翌年湯河原
彼のできたてアトリエでレコーディング
バールフィリップス 斎藤徹 豊住芳三郎
今は亡き川崎克己をエンジニアに豪華な顔ぶれだった

トレードマークのハンチング帽と
常の穏やかな笑み 鮮やかな油彩

通夜は彼の大きな作品に囲まれたその空間
祭壇の白い花とのコントラストが美しく眩しい

外地下の喫煙所
枝を立て 切り口や幹に色を塗った作品が4つ
彼がそれを作っていた身近さを強烈に感じる

斎藤徹と井野信義の追悼を聴きながら
静かに献花の温かい時間だった


(文中の敬称略させて頂きました)
黒木郁朝版画展
この何年か毎年夏、青年達や10才の子供数十人と
竹遊びで2週間を過ごす宮崎県木城えほんの郷

そこの館長である黒木郁朝さんの版画展が
本郷東大赤門斜向かいの黒で統一された小さく
静かな画廊「愚怜」で開かれていた

二十数点の絵
柔らかな光と穏やかな自然の風景 
懐かしい遊びがちりばめられて
見ていてとても優しい気持ちになれる

彼の話はいつも楽しい夢
目を輝かせての恥ずかしげな語り口は青年のよう
風貌はひげもじゃの まるで北海道先住民族

作品て本当にその人なんだ
そんな音楽家に自分もなれたらいいなと改めて

帰りは30年前に働いていた職場裏通りを歩く
驚いた 「本郷館」 がまだ立っている 

今にも倒れそうな木造3階建なのに威風堂々
その様には圧倒される

明治38年(1905)当時は高級下宿として資産家子女や
留学生などが下宿してたらしく大震災に耐え大空襲も
免れて現在もアパートとして使用されているそうだ

すでに100年 初めて見た時はすでに70年経っていたのか
と 感慨ひとしほ
パノラマメスダグ
スケベニンゲンと発音すれば通じるオランダのリゾート地
スヘフェニンヘン。ここにタイトルの小さな美術館があった。
見かけはサーカス小屋のよう。高さ15m周囲113mの円形。
中央に砂が敷き詰められそこに火の見櫓のようなものが立つ。
訪問者はここに登り360度の眺望を得る。
周囲全てがその地域の絵なのである。煙たなびき雲流れ
鳥は飛び海岸に寄り添う船の影、地平線、道路、運河、
教会や建物、人々の営み全てがありのままに見渡せる。
実際にその絵の描かれたであろう場所に行ってみても
さすがヨーロッパ、それほど今と変わらない。

しかしこの大きな一枚の絵、何と表現すればいいのか。
奇妙なる違和感、現実、錯覚、虚構、、
ひんやりとした静寂な空気の中、
遠近法が幾重にも張り巡らされて、、。

そのうち二次元なのか三次元なのかもわからなくなる。
自己の存在までもあやふやになりそうで思わず体が傾いた。
絵自体が放つ静寂感は未だに忘れ得ぬ音の記憶。
もう二十数年前の体験。

たまに美術館や博物館など訪れるが、どうも根が
へそ曲がりのようだ。目的そのものよりも他のもの
に反応してしまう事が多い。いつのことだったか
流れるクラシック音楽の余りに絵との調和に思わず
いったいこの曲は、 職員に問いかけた、、。 

笑われた、、、、。
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