fool on the hill

創 作
1990年斎藤徹企画で溝入夫妻に初めてお会いした。
その後96年サンディエゴで共演し砂漠に出かけ
岩の上で酒を酌み交わした懐かしい思い出がある。
05年若手ライブに助演した彼に実に久しぶりに逢った。
  
他人の勧めるうめぇ店とか有名所の演奏なんざぁ良かった
試しがないなんてぇことを申しまする。が、06/2/24
溝入敬三ソロライブ。いやはや抱腹絶倒 役者顔負け
下手な歌手なんざぁ夜逃げ状態。まずはコントラバス
の悲劇を語り出す。次にはコントラバスである!父、息子
バイオリンである!母の微妙な家族の物語。中華街で買い
求めた松ヤニをこすったらアラジン魔法のランプ、似ても
似つかぬ結末に。コントラバスの木でできたバホバホ山の
物語。菊のろ怪人20面相、等々。語りや歌の汗散る熱演も
さることながら抱えるべースも実に音楽的。双方個として
そびえ立つ。間には由美子夫人のイングリッシュホーンと
バロック小品、沖縄民謡、バッハ無伴奏などとりまぜて
本業片鱗見せつける。ったく才あるやつは憎たらしい!
客はなごやか大爆笑。店もこじんまりとマスターも気持ちよい。
どでかい生ハム、特大チーズ目の前で、削る姿もまた楽し。
寒風吹きすさぶ大都会、心も体も帰る頃にはほっかほか。
こんな想いは近年なかったな、、。是非一度お聞きアレ。
ちなみに上記プログラム続編続々作曲中、いづれ超大作に
なる模様、一度たりとて聞き逃したくはないが次回3/31 
行けぬ!口惜しい!於:銀座線外苑出口 Z.IMAGINE 夜8時。
楽 器
どんな楽器でもそれなりの域に達するにはそれなりの難しさが
つきまとうものだとは思うが、どうもこと箏(こと)に関しては
全く別の意味の難しさがあるような気がしてならないと
いつも心の底で思ってた。

管楽器やピアノなど、譜面さえ見れば指は必ずその音符に
対応する位置がある。例えばラッパなど唇の締めと言う作業は
伴うがファと言う音なら人差し指一本で手前のピストン一つを
押し下げる。ラなら人差し指と中指で二本のピストンを押し下
げると言う具合だ。もちろんピアノも88鍵、中程のミを弾けば
それはト音記号第一線上の一点ホ音と何が何でも決まっている。
つまりは例外はありと言えど、ほとんどの楽器は音符が表す
音程とその音を出す場所は決まっていて当然なのである。

ところがだ、箏の場合。例えば真ん中の七の絃を弾くとする。
何とこの一本だけでも音程は曲によって千変万化なのである。
同じ位置の同じ絃一本が曲により毎回音程が違うんですぜ。
ついでに箏柱の位置まで違って絃長までも変わる。
たまらん、こりゃあ全くたまらん!実に不謹慎、実に不条理。

そこでだ、まず音程とは関係なく絃の位置をまず体に
覚えさせようとする。洋楽器から来てみるとこの行為が実に
あったま来るのだ!何せ同じ絃の音程は毎回違うのだから、、。
曲ごとに絃の音程を頭に納得させないといかん。
ある絃はファじゃなくドでもありソでもあり、あろうことか
レにでもラにでもミにもなるのだ。シぬ!
この余計なる苦悩があることをなぜ人は理解せぬのか!
これは実に深遠なる策謀、上達を遅らせ阻止し末永く余剰金を
巻きあげんがための陰謀である!
故に家元制度ができたものと考えられる。何と奥深い考察!

そりゃあ基本D一平調子ならば七絃はいつもはG音ではある。
五は絶対的にDなのだ。十三本全てがいつも同じ音程である。
全ての曲が同じ調子ならどれだけ上達が速いことだろう、。
吾思う故に真あり!

初心者には10年ぐらいこの調絃一つでやらせるのよ。
飽きようがつまらなかろうが泣こうが叫ぼうが怒ろうが
例えなぐられてでもレッスン料がもらえなくとも
続けさせるの!他の調絃絶対禁止!貴方の為よ、
平調子だけで10年我慢するのっ!
したら後はバラ色の箏弾き人生がきっと待っているのっ!と。

さらにぶったまげることがある。
高名な弾き手でも、ある曲を全く違う調絃で練習するんですぜ。
ただただ調絃し直すのがめんどいと言うだけで。
手だけの練習といかにもらしい理由つけつつも。
実に驚く!心底驚愕するのだ。オコリが起こる。
こんなこと信じられる?長調を短調で弾くのとは
訳が違いますぜ旦那!あげくに糸譜を歌うだけの
合唱なんぞに出会ってご覧なさいましの。漏らしまっせ。

ふむ ここに箏、実に本質がある。

おまけにですぜ、腕は前後に動かすんでございます。
左右に動かせりゃおよそ身長に近い距離を同じ姿勢で
微動だにせず演奏できると言うのに。

まして左手押し手など。痛いのは我慢しまひょ。
調絃が低ければ何とケツまで持ち上げ押しにかかる。
あげく右手爪の弾点まで移動してしまう始末。
昔ミニスカート全盛時代、後ろでレッスン見学の何と、、
、、、楽しかったことか、、。

かてて加えて左手は、下に押し下げるが基本。
たまぁにヒキイロなどと左右に動きはするが、。
比べて右手は節操がない。前下45度に向かって、
あるいは上に跳ね上げ、あるいは手前に持ち上げ、
はたまた横に滑らし、叩き引っ掻きなで回す。
ベクトルが左右むちゃくちゃだ。

ご幼少のみぎりからこの楽器に携わってるお嬢様。おそらくは
なーんの疑問もないに違いない。当たり前のように受け入れ
当然のごとく実践してなさる。実にすばらしい、実にご立派、
実に感動的。しかし、、実に、、糞食らえっ!!

ついでと言っちゃぁ何だが
最近の舞台にゃぁ座ってるに飽きたらず仁王立ち。
バズーカ砲でも持ち出すか。楽器と激戦なりふり構わず。
西洋音楽の派手な感情表現真似るも気恥ずかしい。
ぜーんぜん似合わん、サマにもならん、
みっともないないリズムもない。

まだ続く。
楽器の図体とみればただただでかい。不便この上ない。
所構わずぶつかるわ倒れるわ。
そのくせ音量でかいかと言えば実に否!
糸を張ってあるだけの、ただ材木の張り合わせ。
絃は高価で専門技術がなければ締められない。

美的工芸品と称されて、機械工学的にも美しく
機能も実利も全て備えた西洋楽器。
比べていったい何と言うざま。

これら多くの醜態併せ持ち、よくもまあこの楽器!
皆やめろっ!即手放せ!誰一人この楽器に触れるでないっ!

そしてこれら全部、
ただただ全てが嫌いな俺だけが残るのだ。

ふふ むふぅ むわっはっは、うわっはっはっはっはっはっ。


多かれ少なかれ民族楽器とはこうしたものだ。
ハナから西洋一辺倒の教育を強いた我が国日本。
実にみごとなお国柄である。とありきたりの結論。
お後がよろしいようで、、。
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